平和と中村哲先生

みなさん、明けましておめでとうございます。

さて、新年のご挨拶として、中村哲先生の生き方を考えてみませんか?

中村先生は、福岡高校を出て九州大学の医学部に学び、ハンセン病の医師として、活動していました。

ある経緯からパキスタンとアフガニスタンで医療活動をしながら、
過ごしていたそうですが、2003年から荒れた土地を水で潤すことが、
病気から命を守る事と活動を始めました。

今は、医療活動をする一方、
用水路を建設して枯れた農地を蘇らせ砂漠を緑化する事に全力を尽くしておられます。

彼の地は確かに危ないのです。
それは現地で知られている中村先生であってでもです。

でも先生たちの活動を支えるものは、「銃は何も生まない」という言葉です。
テロに対してテロへの報復で当地は疲弊し、多くの難民を作りました。
彼らに手を差し伸べるものは中村先生以外にありません。
自国の政府でさえ当てにできず、ましてや外国は国民の反感の対象です。

先生は、水路を作り、農地を作り蘇らせ、建設現場や農場で雇用を産んできました。
中村先生を知るアフガン人は、
「日本は銃でなくシャベルを持って助けに来てくれた特別な国だ」と言っています。

アフガン人の対日感情は良好だが、これは日本が軍隊を送らないからだそうです。

ある国の機嫌をうかがうために、1国の国民の反感を買う事は如何なことでしょうかね。
ましてや同じ歴史的に苦労をしてきた国です。
われわれ日本と日本人は、ここで判断を間違えては将来の禍根を残す事になります。

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