東洋医学小話⑩: お灸     院長

奈良時代のお話し
聖武天皇のお妃、光明皇后(701−760)は一般庶民の為に、施薬院(病院)を
お造りになりました。施薬院は聖徳太子が初めてお造りになったそうですが、
光明皇后のが有名ですので、ここでは光明皇后の施薬院のことにしましょう。
古代において先端医療(中国直伝の医学)は、朝廷をはじめ上層階級の医学でした。
当時からハリ、お灸、お薬、気功、按摩などもありましたが、庶民には、高価な
お薬は無理ですので、一般にはお灸が使われたようです。
どのようなお灸だったのでしょうかね、

さて時代が変わり、ずーっと下って江戸時代、各地の大名はお薬の原料となる
薬草を育てる敷地を持っていました。その大名家によって呼び名は違いますが、
お薬園とか薬草園とか言っていました。福岡には普通の薬草畑があった「薬院」と
高価な朝鮮人参を育てる「人参園」があったようです。
でも、お灸はその後も寺社仏閣で民間療法として延々と続きました。
これは施薬院の伝統が、お寺や神社に受け継がれて行ったものでしょう。

現在でも、各地のお寺や神社で、神事や仏事と一緒にお灸を行なう行事が
残っています。とても面白い事です。

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